失敗への「恐怖」を解き、一歩を踏み出す勇気を取り戻すまで

私は長年、「失敗してはいけない」という強いプレッシャーに縛られてきました。

しかし、その正体は、常に何かに追われているような、実体のないモヤモヤとした焦燥感でした。

今回は、コーチングを通じて私が気づいたこと、そして日常がどう変わったのかを、そのままお伝えします。

  • 執筆者:加藤達也
  • 年齢:30代
  • 本業:会社員・副業Webライター
  • 会社員として働く傍ら、副業ライターとして活動中。ポケモン・ウマ娘・プロ野球を人生の三本柱として楽しむ趣味人

休日を「無為に過ごす」ことへの言いようのない虚しさ

コーチングを受ける前の私は、休日や仕事が終わった後のひととき、ふと時計を見た瞬間に言いようのない虚しさを感じていました。

加藤達也

今日一日、何をしたんだろう。ただ過ぎ去っただけで、何も積み上がっていない。

何かを変えたい、時間を有効に使いたいと焦りを感じつつも、結局ネットで動画を眺めるだけで一日を終えてしまい、そんな自分にさらに落ち込むという負のループから抜け出せずにいたのです

失敗を恐れるあまり、スタート地点で立ち止まる自分

私の抱えていた根本的な課題は、失敗することへの強烈な恐怖心でした。

何か新しいことに挑戦しようと思っても、開始する前から「もし失敗したらどうしよう」「うまくいかなかったら時間が無駄になる」という思考が先走り、無意識のうちに自分を止めてしまっていたのです。

何も始めていないのに、失敗の責任だけを過剰に見積もって尻込みする癖が、私の行動力を奪っていました

加藤達也

その背景には、幼少期の記憶が強く影響していました。

忘れもしないのは、小学生の頃、キャンプに行った際に手伝いをしていた際うまく組み立てができなかった時のことです。「何やってるんだ!」という激しい怒号が飛んできた時の恐怖は、今でも鮮明に覚えています。

失敗すると怒られる、否定されるという経験が積み重なり、私の中で失敗は避けるべき最悪の事態となりました。

大人になった今でも、無意識に確実な道ばかりを選択し、リスクを恐れて自分の可能性を狭めていたのだと、コーチとの対話を通じて深く納得しました。

少しの行動でもいいという新しい視点

セッションの中で、私は、失敗=悪ではなく、成長のためのプロセスだと捉え直せるようになりました。

自分の理想の姿を言語化した際、現状のままでは何も変わらないという事実に直面しましたが、逆に少しの行動でも変えていけば未来は変わるという確信が持てたのです。

今では、失敗を想像して固まるのではなく、「まずは一歩踏み出してみる」ことの尊さを理解できるようになりました。

日常がコンテンツへと変わっていく

コーチングを経て、最も変わったのは日常の捉え方です。

以前は、ただ時間を消費するだけだった日常の中に、これは記事のネタになるかもしれないという視点が生まれました。

たとえば、これまでなら失敗したら嫌だなと避けていた新しいツールを試してみたり、趣味のカードゲーム大会に勇気を出して申し込んでみたり。

行動を継続するために、私は今日あったことを140文字程度のメモに書き出すという習慣を毎晩のルーティンにしました。もし失敗しても、「失敗した原因を分析する記事が書ける」というポジティブな変換ができます。

週に1回、そのメモを見返して「次はどう改善するか」を考える時間を設けたことで、以前の虚しさは消え、小さな挑戦を積み重ねる楽しさが勝るようになりました。

失敗を恐れて何もしないのではなく、たとえ小さな失敗であっても、それを経験として積み上げていこうと心から思えるようになったのです。

加藤達也

自分自身の可能性を信頼できるようになったことで、自分の中に「楽しい」という心の余白が生まれました。

私にとっての担当コーチの存在とは

加藤達也

私にとってコーチは「進むべき方向を一緒に探してくれる伴走者」でした。

コーチは、進むべき方向を指示する「先生」ではありませんでした。たとえ話を用いて物事の捉え方を別の角度から示してくれる、寄り添いながら一緒に考えてくれる存在です。

自分一人ではただの焦りでしかなかった悩みが、コーチのおかげで自分の特性として客観視できるようになり、今の自分が目指す先を冷静に、かつ前向きに見つめ直すことができました

その安心感があったからこそ、私は自分の内側にある本音に手を伸ばし、一歩踏み出すことができたのだと確信しています。

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